小説(タイトル未定) 第二話 新歓ラン(5,040字)

2013年4月7日(日)

 

今日は新歓ライドの日。朝7時に起きて、集合場所の部室へ向かう。

運動できる格好で、とだけ聞いていた。

 

部室に着き、モンベルのマウンテンパーカーを着たオタクっぽい先輩に声を掛ける。

「おはようございます、新入生の篠原です」

「おはよう。チャリ持ってる?公用車借りる?」

「あ、持ってないんで借りてもいいですか?」

「おーけー、そこにあるのから好きなの選んで」

 

色々ならんでいるが、正直違いがわからない。マウンテンバイクかクロスバイクといわれるものであろう車種が数台ならんでいた。

 

 

「無粋なことをお聞きするんですが...一番高いのはどれですか?」

「一番高いのはそこの青いのだな。高いのは

 

少し意味深な言葉で指さされた水色の自転車には小さくYETIと書いてあった。おそらくこれがブランド名だ。

 

「ありがとうございます」

「じゃあサドル合わせるね。こんなもんかな」

ハンドルを操作し、手際よくサドルの高さを合わせる先輩。

 

「パンツの裾がチェーンにあたると汚れるから、ビニテ巻いて。変速はこのレバーで、

あと乗ってると暑くなると思うからアウター脱いだ方がいいかも。ボックスのなか入れといていいよ」

「ボックスってどこにありますか?」

「ボックスってのは部室のことね」

 

そうなのか。

ボックスって呼び方は何となく好きだな、部室って呼ぶにもサークルは部じゃないし。

 

着てきたフリースを脱いで部室のドアを開けると、奥にバカでかいモニターで格ゲーをやってる先輩がいた。あとかなり大きな本棚に漫画がぎっしりと詰まっている。棚の上にも崩れんばかりの漫画が積んであった。

 

そのまま外で待っていると新入生が10人くらい集まってきた。

 

「じゃあボチボチ御所に移動しよっかー付いてきてー」

ノースフェイスの黒いジャケットを着た、眼鏡のオタクっぽい先輩が声を掛ける。

 

御所ってどこだろうと思いながら移動した先は、砂利の敷かれたバカ広い庭園みたいなところだった。

セントラルパークみたいだな、なんて思った。

 

YETIの自転車はかなり安定性があり、砂利の上でも舗装路のように振動を感じなかった。

サスペンションが効いていて乗り心地が良い。

 

御所へ着いてしばらく待っていると、蛍光イエローのPatagoniaのアノラックパーカーを着た、太めの人が派手にドリフトしながら現れ、続いてオレンジ色のアークテリクスのパーカージャケットを着た人が来た。新歓で説明してた人だ。

 

「おはようございます」

「おう、おつかれー。てかそのチャリ選んだんか、気合入ってんね~」

自転車のことを言っているのだろうか?

「今日の新歓ランは複数コースが準備されてるんだけど、そのチャリだったら、東山を選んでおけば楽しめると思うよ」

「?ありがとうございます」よくわからないけど。

 

「じゃあ集まって~。今日は新歓ランに参加してくれてありがとう。主将の八雲です。今日は京都観光をしながら、みんなに自転車に慣れてもらうことを目的にしています。複数のコースを設定しているので、簡単な説明を聞いて選んでください。じゃあ、よろしく!

 

コースは3種類あった。

一つ目は嵐山コース。平坦で一番距離の少ないコース。

二つ目は銀閣金閣コース。RITZからKUまで。そこそこ距離のあるコース。

そして最後が東山コース。鴨川を通って清水寺他を見て回る京都らしいコースだ、

 

正直大学生になって初めて来た京都でどこも初めてだ、とりあえず東山コースを選んでみることにした。

 

 

「じゃあコース選んだメンバーで自己紹介をお願いします」

集まったのは5人。

 

「3回生の八雲です。主将やってます。よろしく~」とちょっとヒョロイ感じの人が一言。

2回生の芦原です。名古屋出身です。どうぞよろしく」とオレンジ色のアークテリクスを着た人。

「同じく二回生の入江南です。出身は横浜です。よろしく」ちょっと太めのPatagoniaアノラックの人。

えっと...「1回生の笹原です。広島出身です。よろしくお願いします」と僕。

「1回生の八木です、よろしくお願いします」とちょっと日に焼けた感じの同期。

 

「ちょっと人数少ないけどちょうどいいね、名前覚えるの楽だし」と主将。

「そうですね~説明するのも楽でいいです」と芦原さん。

 

「じゃあ簡単に説明するね。今日は自転車と京都に慣れてもらうのが目的です。軽く京都を観光して、15時にはボックスに戻ってきます」

今10時過ぎだから5時間くらいだ

「で、手信号だけ覚えてぼしいんだけど、減速・止まるときのサインはこれです。あとは勘で察してださい」

後ろに手をやるサインだけ教えてもらった。少し雑では?

「まあ走ってれば慣れるのであまり考える必要はないです。10分後に出発するので準備してください」

はい。

 

特に何もすることなく10分過ぎ、出発となった。

御所を出て今出川通りを東へ走る。河原町通りを過ぎて、鴨川の西岸へ降りる。そこから未舗装の河川敷を南行。御池で鴨川から上がり、歩車分離の交差点を渡って三条通へ。

三条通を左へ曲がると東山通りから緩い登りが始まる。ギアをガチャガチャ落としてゆっくりと登っていく。途中から歩道に入る。蹴上交差点を左に曲がり、少し下ったところにある五差路を渡る。少し走ったところに門があり、くぐったところに駐輪場があった。

 

「着いたぞ、南禅寺」なんかよくわからない寺に着いた。

「まあよくわかんないと思うけど寺だよ、水道橋のあるトレイルの終点だよ」

寺と水道橋以外よくわからないが

 

歩いていると途中に大きな桜の木があってキレイだった。

しばらく歩くとレンガでできた大きな橋のあるところに着いた。

 

「まあ簡単に説明すると、京都の飲み水はその大半を琵琶湖から補われている。その水を運ぶために1890年に作られたのが琵琶湖疏水で、この水道橋は琵琶湖疏水の一部なんだ。琵琶湖から京都までは標高差が40mほどしかなく、開通させるのは難しかったそうだよ。今は京都らしい風景として、いろんなアニメで使われてたりするらしいよ」と八雲先輩。

どこかで見たことのあるような建物だと思ったら、ここにあったのか。

「京都らしい風景」というのはいろいろ目にする機会はあるけど、実際にそれがある場所へ行くのは珍しいことだ。みんなで写真を撮ろうとしたが、他の観光客が写真を撮っていたのでやめておいた。振袖らしきものを着ている人までいる。

 

「じゃあ次はインクライン行こうか」

自転車を駐輪場に置いたまま、蹴上交差点まで歩いていく。ふと左を見ると、桜がものすごい密度で咲いていた。

 

「琵琶湖から京都へ水路を通した際、船で物資を運ぼうとしたんだけど傾斜がきつい蹴上にはインクラインを引いて船をレールで押し上げたんだね。ここにはその線路が残されているんだ」と八雲先輩。

一本線路がひかれた左右に桜がものすごい密度で咲いている。これはすごい。

 

 

 

しばらく歩いて駐輪場まで戻ってきた。

「じゃあ次はちょっと登るから」と蹴上交差点から坂を上っていく。

浄水場を過ぎたところで左折し、斜度がきつくなる。陸橋を過ぎたところから一気に斜度が上がっているのが見える。めちゃくちゃつらい。先輩二人と同期の八木は比較的楽そうに登っていく。遅れたくないので懸命についていく。

 

斜度のきついカーブを8つほど抜けると長い直線に出た。少し先に3人の姿が見える。追いつくのは無理そうだと思っていたら、3人は登り切ったところで止まった。

 

「お、よくそのチャリでついてきたね」と芦原さん。

「なんでですか?一番高いチャリって聞いたんですけど」

「だって前後にサスついてるMTBなんてめちゃくちゃ重いもん。いくら高くても用途が違うんだよね」

「そうなんですか?」

正直よくわからない。

「これ持ってみる?」と渡されたのは小柄なMTB。「え…」想像していたよりかなり軽くて持ち上げすぎてしまう。自分の乗っているYetiを持ってみるとこっちの方が全然重い。

「まあそういうことだよ。ここから上までチャリ交換してみる?

「じゃあお願いします」

 

自転車を交換して左折。右折してからも斜度のきつい道が続く。しかしさっきのYetiよりは楽でついていける。2分くらい上ると開けた駐車場に出た。奥の方に展望台が見える。芦原さんがそのまま直進していく、

 

「っぶね!」素直についていこうとしたら階段だった。芦原さんはそのまま階段をYetiで降りていった。

後ろから来た入江さんと八木もそのまま階段を下りていく。芦原さんは次の階段もYetiでそのまま登ってしまった。治安が悪すぎる。

 

素直に左にあった小径から展望台へ行く。上りの階段はさすがに自転車から降りた。

 

展望台からは京都の街が一望できた。

京都タワーがあるのが京都駅で、少し行ったところが七条通り。あの太い8車線の通りが五条通で、国道一号線。少し北にいったアーケード通りが四条通、京都で一番栄えているとこ、見えないけど三条通、あの太い道が御池通、見えない二条通丸太町通り、sあの森みたいなところが御所だね。少し手前にあるY字のところが鴨川デルタで、賀茂川と高野川が一緒になるところ。賀茂川は雲ケ畑、高野川は大原から流れてきている」

 

それだけ太い川が流れているなら琵琶湖から水を引く必要はなかったのでは?と思ったがまあそうではないのだろう。

 

「じゃあそろそろ下るか。下りは”近道”を使うぞ」展望台を出て左、袋小路の方へ進んでいく。

「よしここだ」そういわれた道は完全に登山道だった。

「これは道なんですか?」

「うん。サドル下げた方がいいよ」

そういってYetiのハンドルについているレバーを触る先輩。サドルが下がる。なぜこんなところにサドルを下げるレバーがついてるんだ?同期の八木は手でサドルを下げている。先輩は下げない。

「じゃあ行くよ」

颯爽と下っていく入江さんと芦原さん。八木も少しぎこちなくそれに続いていく。すぐに見えなくなるので追うしかない。

「てかこれ階段じゃん…」ところがサスペンションがうまく働いているのか、不安定な感じはしない。ブレーキも軽く握っただけでホイールがロックする。あわわわ…

少し路面がキレイなところがあったのでスピードを出して下ってみる。これは楽しい…かも…?

 

途中で先輩は待っていてくれていた。

「な、楽だろ?」と八雲さん。「確かにそうですね」

入江さんは「登りだけ後輩に重い乗らせて下りだけチャリ交換してぇ~」って言っている。

 

そこからちょっと下ると舗装路に出た。どうやら円山公園の裏手のようだ。

昼飯はらぁ~めん京というラーメン屋へ行った。なかなか美味かった。食べ終わったらそのまま円山公園へ。

 

「じゃあせっかくだし、自転車の車種の話をしておこうと思うんだ」と八雲先輩。

「特殊なものを除くと、大別してロードバイクMTBの2種類になる。けれども用途ごとに微妙に違うから種類が無駄に多い」

 

・大まかに見てロードに分類される

TTバイク(平地用。ロードバイクよりもエアロで重量がある。ギアが重め。登りはつらい」

ロードバイク(タイヤ径は基本700C、21-25Cのタイヤを入れたドロップハンドルのチャリ)

ピスト(固定ギアのロードバイク。ホイールとペダルが完全に連動しており、足を止めるとホイールも止まる)

 

ランドナー(ツーリング用。たいてい鉄でできて泥除けがついている。重い。26インチか700C)

シクロクロス(28Cのタイヤが入りるロードバイク。ブレーキはディスクかカンチかミニV)

 

・大まかに見てMTBに分類される

ダウンヒルバイク(フルサス。サスペンションのストロークが長く、ギアが重い)

エンデューロ(フルサスが多い。ヘッド角が寝てる。下りメインだが一応登れる)

オールマウンテン(フルサスが多い。ヘッド角が少し立ってる。下りメインだが一応登れる)

クロカンバイク(ハードテイルもある。どちらかというと登りメイン。もちろん下れる)

トレイルバイク(基本ハードテイル)

クロスバイク(ハードテイル・リジットフォーク・700CMTB系のコンポがつくので安い)

 

「ドロップハンドル・ブルホーンハンドルがロード、フラットバーがついているものがMTBだと思っておけばいい。あとはついているコンポがロード向けかMTB向けかで見分けてもいい。

他にもファットバイクリカンベントBMX、ダートジャンプ、ミニベロってキワモノはあるけど大体そんなもんかな」

「もともとうちのサークルはツーリングに使えるランドナーをメインで使ってきたんだけど、重いし、そこそこ値段もするからっていうのでシクロクロス、ハードテイル、ロードでもいいって方向に進んできた。ただ、さっき走ったような未舗装路がコースに組み込まれるから、ロードを選んでいいのはあのくらいを走れる人だけ」

Yetiはどれに分類されるんですか?」

エンデューロかな」道理で重かった訳だ。

「だから下りやすかっただろ?」

「まあそうですけど…」

ちなみに僕が乗っているMuddy Foxは26インチのハードテイルMTB、芦原が乗ってるのがMuddy Fox27.5インチのハードテイル、入江が乗ってるのがTrekシクロクロス。八木が借りてるのはRaleighHTだね」

正直ブランドは全くわからない。ハンドルの種類でロードかMTBか区別できるレベルだ。

「今買うならシクロクロス一択かもね。MTBの方が安いけどそれでもシクロクロスの方がバランス取れてるから」

ロードバイクを持ってる部員もいるけど、2台目としてだね。基本はMTBかシクロだよ。ロードより安いから始めやすいよ」

「安いのはいいことです」学生は金がない。

 

 

帰りは四条から鴨川へ降りて北上、鴨川デルタから出町柳へ、そこから裏道で相国寺を通ってボックスへ戻ってきた。

 

「おつかれさまでした」