小説(タイトル未定)第三話 BBQ(新歓第二弾) 6,000字

前回の新歓ランのあとに、メールで次の活動の連絡がきた。

 

 

NCC BBQのお知らせ

 

前回参加してくれた方はおつかれさまでした。

2回目の新歓イベントは琵琶湖でBBQを予定しています。

 

日時:4/12(土) 9:30

集合場所:BOX

持ち物:

自転車、ヘルメット(持ってる人)

動きやすい服装

BBQで焼きたいもの

 

 

 

__さて

大学生活が始まって一週間がたち、イントロも一通りが終わった。

履修登録を決めて(といっても学部の基礎講義を取るだけだったが)一人暮らしにも徐々に慣れてきた。

 

結局他のサークルの新歓には行かず、サイクリングクラブの新歓に連続して参加しようとしている。

前回は結局あまり他の新入生とは話しておらず、どういうメンバーがいるのかもわかっていない。何となく、もう一度参加してみて彼らと話をしてみたいと思った。

 

下宿は出町柳に借りている。風呂がついていないが、家賃が2.5万円と格安だった。最初調べたところ、京都の家賃の相場は5万~8万円くらい、極端に安いところだと倉庫としか機能しなさそうな四畳半の部屋は1.4万円ほどで出てきて少し悩んだが、さすがにそんな穴倉みたいなところで生活はできないなと思い、ここに決めた。部屋は6畳一間だ。

 

起きて流しで頭と顔を洗う。冷蔵庫の上の電子レンジのさらに上に置いてるドライヤーで髪を乾かし、日焼け止めを塗る。寝ぐせがひどくて頭を洗わないとなおらないのだ。

家から大学までは歩いて10分ほど。正直かなり近い方だろう。朝の静かな相国寺を歩いてボックスへ向かった。

 

「おはようございます」

集合時間の30分前には着いた。八雲先輩がボックスの前で貸し出し用の自転車の整備をしていた。

「おう。今なら選び放題だぞ」

今日行くのは琵琶湖、峠を一つ越える必要がある。しからば軽い自転車が正義と言えよう。僕はCannondaleロードバイクを選んだ。

 

しばらくすると他の人たちも集まってきた。前回来ていた女子はまた来ていた。このまま入部するのだろうか。名前は八坂だったっけ。Trekクロスバイクを借りていった。同期の八木は前回と同じRaleighMTBを。

 

数班に分かれ、僕は八雲先輩・芦原先輩・八坂と同じ班になった。

 

今日は御所へ行かず、ボックスからの出発だった。先輩たちはみんな自転車に荷台を付け、サイドバッグに荷物を積んでいた。BBQ用の荷物だろうか。

 

ボックスから今出川通りへ出て、百万遍の交差点を左折、田中里の前で右折。道幅の狭い道路は徐々に登っていた。

「ここから山中越え。登りは自分のペースでいいからね」

一番後ろを走っている八雲先輩が言う。突き当りを左に曲がると一気に斜度がきつくなる。前を走る芦原先輩は全くペースを落とさず、平地と変わらない速度で進んでいく。「登りは自分のペースでいいからね」っていうのは新入生への言葉で、あなたへの言葉じゃないと思います。

 

気付いたら一番軽いギアになっていた。それでもしかし全然ギアが軽くない。天然ラジウム温泉の前で一旦自転車を降りてしまう。それにしてもまだまだ登るようだ。後ろから走ってきた八坂が僕を追い抜いて先に行ってしまった。不甲斐ない…

 

その後も急な登りが2,3か所あり、ところどころ足をつきながら登っていると滋賀県境の看板があった。右から「こっちこっち」と声がする。右の分岐した道路で3人が休んでいた。

 

「おつかれ、さすがにそのチャリじゃきついだろ」と八雲先輩。ロードバイクだから前回の自転車よりは軽いはずなんだけど…「フロント39 リア23はさすがに僕でも乗りたくないですね」と芦原先輩。???

 

「ギアが重いんだよ。CAAD9は古いからね、最近の大きいギア比になってないんだ」

「じゃあ僕が八坂に抜かれたのもそのせいなんですか?」

「まあ単純に遅……そうだよ」

「今何か言いかけましたよね」

「まあ八坂も女子にしては速いんじゃないかな」

 

励まされた。

 

しばらく休憩して出発した。元の道路を登っていくのかと思ったら、そのまま分岐した道路を登っていく。

「こっちの方が楽なんだ」とのこと。両脇には民家が並んでいる。自然のあふれるいい場所だ。車がないと生活できないだろうけど。

 

4人で列になって走る。民家を抜けるとまた斜度のきつい坂になって、そのまま登っていくと元の太い道路に出た。道路が狭いのでしばらく歩道を走って、コンビニのところから車道へ出る。

するとまた壁のような斜度の道路が前に見えてきた。うわ…

 

相変わらず芦原先輩はサドルに座ったまま平然と登っていく。人間か。僕はなんとか立ち漕ぎで登っていく。八坂は明らかに、一番軽いギアに入れている僕より軽いギアを回しているように見える。なるほどそういうことか。

 

どうやらそこが最後の登りだったようで、芦原先輩は自販機の前に自転車を置き、キリンラブスポーツを買って渡してくれた。容量が多くて助かるやつだ。

 

「ありがとうございます」

「いいってことよ。これでもう登りはないから楽だよ」

「ところで他の班の人たちは来ないですね?」

「ああ、山中越えを選んだのはこの班だけだからな。普通しんどいから別のコースを選ぶんだ」

????ちょっとよくわからないことを言っている。

「いい自転車に乗ってる後輩がいるからこのコースにすれば楽しいかなと…見てる俺が」

この人は性格が悪い。

 

「帰りは小関越えかR1使うから安心してくれ」と八雲先輩。できれば行きもそっちが良かったです。

「景色はこっちの方がいいからな。下りはゆっくり下るぞ」

 

下りは急だった。ドロップハンドルの自転車に乗るのが初めてだったので、ブレーキがつらい。

「過去そのカーブで事故ったやついるからな」やめてくれ。

スピードを出しすぎないように下る。しかしブレーキを握る手がだいぶしんどい。早く終わってくれ~

 

確かに景色は良かったが、見ている余裕はほとんどなかった。結構長い下りだった。高速道路を跨ぐ高架を渡り、さらに道路は下っている。ひえ~

 

踏切を渡るとだいぶ斜度は緩くなった。しばらく走ると幹線通りに出て右折、またしばらく走って左折すると琵琶湖沿いの交通量が少ない道に出た。平和だ。

途中でスーパー(バロー)へ寄って焼くものを買った。基本は先輩が買っていたが、炭と鶏もも、ナス、せせり、冷凍のホルモン、豚バラ、カットキャベツ、焼きそば。あとのノンアルコールドリンクと無料でもらえる氷。足りない分はあとで買えばいいからな、とのこと。

 

スーパーを出て近江大橋を渡り、琵琶湖沿いをしばらく走るとBBQ場に着いた。他の班は先についていた。つまり僕たちが遠回りをしていたということだ。知ってた。

 

「揃ってるな。」一番最後に着いた僕たちの班にいた八雲さんが集合を掛ける。いや僕らの班が待たせてたんでしょとチラッと思ったが気のせいだ。「じゃあ火を熾そうか」

 

八雲先輩がサイドバッグから焚き火台を取り出す。ユニフレームのファイアグリルだ。手際よく新聞紙を丸めて下に置き、辺りに落ちている松ぼっくりと松葉を集める。松ぼっくりをいくつかファイアグリルに放ってその上に細かく割れた炭を置く。ライターで新聞紙に火をつける。

 

「なんか微妙だな~」とつぶやく八雲先輩。しばらく新聞紙で火を扇ぎながら松ぼっくりを放り込んでいたが、火は弱まってきたように見える。先輩はおもむろにサイドバッグからバーナーを取り出して炭を炙り出した。強い。しばらくすると炭が赤く光りだした。大きい炭を2,3個放り込んで新聞紙で扇ぐ。灰になった新聞紙を外へ吹き飛ばしてから上に焼き網を置いた。

 

横にいた芦原先輩はメスティンにご飯と水を入れてイワタニCB缶バーナーに乗せていた。

そして鶏ももを開封し、ファイアグリルの焼き網にぶちまける。長めのトングを取り出して焼き始めた。

 

その間八雲先輩は持ってきていたコッヘルと箸をを僕と八坂に渡す。味付け塩コショウをサイドバッグから取り出してファイアグリルの横に置く。「好きな飲みモンを取りな」僕はノンアルのレモンサワー、八坂は白いサワーを取った。その時ファイアグリルから大きな火が上がる。鶏の脂が火に落ちたのだ。

 

「ジャジャジャジャ~~~~」芦原先輩がトングで鶏肉をかき混ぜて脂を炭へ落としていく。鶏肉は火の中だ。少し焦げかかったところで味付き塩コショウを大量に振る。「焼けたぞ」と無造作に僕と八坂のコッヘルに鶏肉を取り分けた。「柚子胡椒もあるからな」

 

空いた焼き網に八雲先輩が開封したナスを空いた焼き網に並べていた。

 

炭火焼きの鶏肉は炭の香りと焦げた脂の香ばしさで素晴らしい味だった。

柚子胡椒がめちゃくちゃ合っている。

 

一仕事を終え、こちらに背を向けた芦原先輩は尻ポケットからスキットルを取り出し、中身をステンレスのタンブラーに入れている。その上から炭酸水を入れていた。それ酒ですよね?

 

八雲先輩は麦茶を自分の紙コップに注いでいた。

 

 

「新入部員2人に乾杯!」と芦原先輩。まだ入るかわからないですけどね。

 

「じゃあ改めて自己紹介しようか。僕は主将の八雲燧、大阪出身で実家から大学には通っているよ」

脳内で燧を変換できる人はあまりいないだろう。ていうか読めないよ。

「愛車はRaleighランドナーと27.5インチのMuddy Fox、今乗ってるがMuddy Foxのだね。趣味はツーリングと、他人の自転車の写真を撮ってブログの記事にすることかな」

いつかブログのアドレスを教えてもらおう。

 

芦原先輩が吹きこぼれてきたメスティンを熱しているストーブを弱火にする。

 

「え~僕は芦原広大です。2回生です。商学部です。名古屋出身で下宿です。常識人です。多趣味ですが酒を飲んでいることが多いです。よろしく」さらっと常識人を自称したのは聞かなかったことにしよう。

 

ふと焼き網に目をやるとナスが炭になりかけている。これは見なかったことにする。

 

「八坂さやです。京都出身です」

西尾維新みたいな名前だね)と芦原先輩。ちょっとよくわからないです。

「親がこのサークルのOBなんですけど、私自身は初心者なので、お手柔らかにお願いします」そりゃすごい

 

「『初心者なので』は自転車の世界で一番信用できない言葉だから気を付けないといけませんね」

「そうだな、ゆるポタ詐欺によってこれまでどれだけの人間が葬り去られてきたことか…」

 

「そんなんじゃないですから~」

でもさっき僕より速かったですよね?

 

ナスをひっくり返す八雲先輩。しわくちゃだけど大丈夫ですか?

 

「笹原遥です。広島出身で経済学部です。自転車は初めてでよくわかってないです」

「まあ初心者じゃなかったらギア39-23のチャリ選ばないわな」自転車選ぶの見てたんだから止めてほしい。良心教育とは何だったのか。

 

「このサークルに入ったのはただ自転車に乗るだけじゃなく、日本全国を旅行していろいろな経験をしてみたいと思ったからです。よろしくお願いします」

「いい心意気だね」

 

 

「初心者同士仲良くしようね、笹原くん!」「そうだね」

初心者詐欺が横行するこの時代、僕はまだあなたを信用していないよ。

 

メスティンを火から下ろす芦原先輩。

レジ袋にもらってきた無料の氷をぶちまける八雲先輩。焦げたナスをそこに放りこんでいく。袋ごと振る。

 

芦原先輩は炭を入れたして、空いた焼き網に牛脂を塗ってせせりを並べて焼いていく。

八雲先輩は冷やしたナスの皮を剥き始めた。

 

「なんか思ってたBBQと違うね」

「私は焼きナスもせせりも好きだけどね」

僕は両方食べたことない。

 

スッと手に持っていたコッヘルにせせりと皮の剥かれたナスが置かれていく。醤油を垂らしていただく。

 

美味い……

 

せせりを口に入れた瞬間、うまみの詰まった肉汁があふれ出てきた。さっき使った柚子胡椒を付けてみても美味い。犯罪的だ。レモンのノンアルと最高のハーモニーを奏でている。

焼きナスもトロトロだ。口の中全体に旨味が広がり、のど越しも素晴らしい。麻薬かこれは?

 

「何ですかこれはうますぎじゃぁないですか!」

芦原先輩は氷水の入った袋に(おそらくハイボールの入った)タンブラーをそっと置いて、封を開けたいなばのタイカレーとチキンカレーの缶詰を一つずつ炭火に置いているところだった。

 

「せやろ。胃袋がっちりやで。」

名古屋の人は全員味覚が狂っていると思っていたが勘違いだったようだ。てかなぜ関西弁

八坂も「おいしいです~」って言っている。

 

「こいつは飯だけはうまいんだ。人間性には若干の難ありだが」

「やめてくださいよ、僕がこのサークルで一番の常識人ですからね」

と言いながら芦原さんはグラスにスキットルから茶色い液体を注いでいた。

 

 

そしてメスティンのご飯も出来上がった。ご飯といなばのタイカレーをよそう。これもまた美味かった。

 

 

 

他の班は普通に肉を焼いていたようだが、量を見誤ったのか足りなくなり、こっちに何か残っていないか聞きに来た。

 

「ちょうどいいところに来たな、南。締めに焼きそばを作るところだ、手伝ってくれ」と芦原先輩。

 

サイドバッグから半分に折られたアルミの焼きそばプレートを取り出す。広げたそこへ豚トロとを放り込む。火は中火だ。そのままプレート全体を転がして油をひいていく。

 

入江先輩がそこへ豚バラとカットキャベツを二袋投入する。それをトングで炒める芦原先輩。

ソース焼きそばのたれを一袋入れ、キャベツから出た水分でかき混ぜていく。

豚バラとキャベツを端へ寄せ、真ん中へ焼きそばを6袋投入する。そしてプレートへ水を流し込んでいき、その上にキャベツと豚バラをかぶせる。上から粉末ソースの残りを掛けていく。

 

「美味そう」と隣の班から来た八木。彼はあまりしゃべらないから何を考えているのかわかりづらい。

「焼けたから取ってけ~」と芦原先輩。一番に取ったのは入江先輩だった。6玉投入した焼きそばもこの人数でつつけばアッという間に亡くなった。

 

芦原先輩はプレートに水を垂らし、新聞紙とティッシュでソースをふき取っていた。

ちょっときれいになったプレートへホルモンを投入していく。染み出た脂でカットキャベツを一袋炒めて片側へ寄せ、もう片方へ焼きそばを3玉入れる。焼きそばに水をかけて蒸らし、上から塩焼きそばの粉末ソースを振りかける。ホルモンには味付き塩コショウを軽くかけ、混ぜていく。

 

そして焼けた焼きそばを芦原先輩自身がよそって食べる。あんたが食べるんかい。

 

「うん、まあまあかな」

 

 

そのまあまあな焼きそばをみんなが少しずつつまんで、空になったプレートはきれいに4つ折りにされてゴミ袋へ入れられた。短い人生だったな。

 

焚き火台に空になった炭の段ボールが投入され、派手に白煙が上がる。煙たいので少し距離を取る。

そのあとはしばらく雑談をして、15時過ぎに後片付けをし、帰路へついた。

 

帰りに通った小関越えは距離こそ短いものの斜度は山中越え以上で、また足をつく羽目になった。

 

以上。