タイトル未定 - 第一話 自転車サークル

2013年4月

今年から大学に入学する僕、篠原は今日から始まる新たな生活に心を躍らせていた。

なんせ京都は僕の住んでいた地元と比べるとかなりの都会で、初めての一人暮らし、そして様々な出会いが待っている。

何よりも楽しみなのはサークル活動だ。他人よりは体力に自信がある僕は、大学でトライアスロンか自転車部に入りたいと思っていた。中学・高校ではほぼ帰宅部だったが、毎日往復1時間の自転車通勤で体力がつき、校内のマラソンでは常に10位以内を維持するほどだった。きっと鍛えなおせば大学でも通用するだろうという、かなり過剰な自信もあった。

 

 

 

入学式、オリエンテーションはあっという間に終わった。高校までのように一から十まで教えてくれるわけではない。興味のある人が興味のある説明会に参加するように、というスタンスだった。

(というかこの文章を書いている今、何をやったか覚えていないから詳細は割愛させていただきたい…)

 

入学式から数日経った日曜日の今日、出川キャンパスは新歓のブースでにぎわっていた。

桜の花びらと、新歓のビラがあちらこちらに落ちている。

「インカレの旅行サークル、ダウンヒルです。女子大の人もたくさんいるよ~」

「インカレサークルのスーパーフリーで~す!今度新歓でライブやるんでぜひきてくださ~い!」

「テニスどうですか~?新歓は焼肉行きま~す!ビラだけでもどうぞ!」

 

門をくぐった瞬間、左右から無限にビラを渡された。大学でもらった袋に片っ端から詰め込んでいく。

新歓はタダで飲み食いできるので、ビラだけでも貰っておいて損はないだろう。

 

「さてと、トライアスロン部は……、あ、ここか」

程々進んだところに高そうな自転車を置いて勧誘しているサークルがあった。どうやらここがトライアスロン部のようだ。

 

「こんにちは~トライアスロンに興味があって来たんですけど…」

大学のロゴが入ったジャージを上下に着た体格のいい人に声を掛ける。

「お、新入生?ちょっと待ってね… おーい池田ちゃん説明してあげて~」

奥にいるすらっとした女性が池田さんらしい。

「初めまして、新入生くん。名前は?オレンジジュースとウーロン茶だったらどっちがいい?」

「あ、篠原です。オレンジジュースをお願いします」

「おっけー。そこのテーブルに掛けて待ってて~」ちょっと緩い感じのするおねーさんだ。

 

笹原くんはトライアスロンは初めて? 最初に断っておくとね、トライアスロンは結構お金がかかるスポーツなんだ…自転車で40万円くらいかかるのと、合宿・大会参加費・遠征費で年間50万円くらいは見ておいた方がいいの。確かに楽しいスポーツなんだけど、最初にそれだけは断っておくね」

「え、自転車ってそんなに高いんですか!てっきり高くても10万円くらいかと…

「まあ最初は安いのでもいいんだけどね、それでも20万円くらいはしちゃうし、いいの買っておかないと装備のせいで負けたってなると悲しくなっちゃうから… あと、うちはガチで競技をするっていうより、どっちかっていうとちょい緩めのサークルだから、ガチでやろうと思ってるんだったらちょっと期待外れになっちゃうかも」

「そうなんですか。一旦考えてみます」

「とにかく新歓は来週月曜日にやるから、このチラシを持っていって。あと一応名前とメアドをここに書いてくれる?今後のイベントの予定がメールでするから」

「わかりました」

 

いきなり少し期待外れな感じになってしまった。残念だ。

気を取り直して次は自転車競技部に行ってみよう。。。

 

競技部のブースには紫色のポロシャツを着た、体幹のしっかりとした人たちがたくさんいた。

「すいません、自転車競技部はここですか?」

「そうだよ、ロードレース経験者?」

「いえ、そうではなくて、大学から始めようと思ってまして」

「そうなんだ、うちは金かかるし、実力主義でなんだ。100㎞走ってave.30㎞が入部の前提だし、参加費と機材で年に100万円ちかくかかるよ。弱虫ペダル観て興味を持っただけどかなら、やめといた方がいいよ」

 

なんなんだこの門前払いは…

 

「うちは新歓もやってないんだ、代わりに新歓ライドをやっているんだけど、参加するには自転車がいる。すまないけど…」

「そうなんですね、わかりました」

納得はしていないが、言っている内容は理解できた。僕には向いてないってことも。

 

さていきなり候補の2サークルが期待外れで困ってしまった。手元のサークル一覧でも見てみるか…

 

「こんにちは~自転車サークルの〇〇サイクリングクラブで~す」

自転車競技部とは別の方向から声がした。そうか、体育会系じゃない自転車サークルもあるのか。気がすすまないけど一応行ってみるか…

 

勧誘しているのは少し太り気味で眼鏡をかけたオタクっぽい感じの先輩だった、

 

「こんにちは、興味があってきたんですけど…」

「お、新入生?こっち来て!」

 

その人について歩くこと2分、人混みから少し離れたところにそのブースはあった。横にはカバンを2つ取り付けた薄汚い自転車がおいてある。これがいわゆるロードレーサーというやつだろうか…?

 

「おーい、新入生きたぞ」

「オーケーこっちで説明しとく」

 

「さあさあ座って。出身はどこ?」

「広島の竹原ってところです」

「あ~あのクソ...おっと失礼。国道2号線沿いか。田舎から来たんだね」

「よくご存じですね。広島の方なんですか?」

「いや、僕は大都会名古屋県なんだ」

名古屋には頭がおかしい人が多いと聞いたことがある。多分この人もワンオブゼムだ。

「名古屋は県じゃないですよね…」

「よくわかったね、入部試験は合格だよ」

「小学校で習う内容で試された!まだ何やるか聞いてないですし。…競技部とは何が違うんですか?」

「いい質問だね、うちはツーリングサークルなんだ。レースは出たい人しか出ない」

「ツーリング?」

「言い換えれば旅行だね。学生だから時間はあるけど金はない。車も持ってない。仮に新幹線や飛行機で旅行をするならば現地での足を確保しなくちゃいけない。そういった問題をすべて解決するのが自転車なんだ」

「なるほど…」

旅行は嫌いじゃない。中学生の時はよく青春18切符で旅行をしたものだ。確かに時間は使うけど金はかからない。

 

「活動内容は年に数回のツーリングと、あとはサークル外で自転車に関連することをいろいろする感じかな。ロードレース、ヒルクライムクリテリウムシクロクロス、シングルトラック、ダウンヒル、なんでもありだ」

ロードレースとヒルクライム以外、正直何を指しているのかよくわからない。

「やっぱりそれだけやるとなると、結構お金かかりますよね…」

「まあ高い自転車は高いからね。安い自転車を買えばいい」

説明になっているようでなっていない。

「大体いくらくらいですか?」

「まあ安いので5万くらいかな。あとキャンプの装備なんかを少し買わないといけなくて、それで3万円くらい。ツーリングは先輩がおごってくれたりするから1年目は比較的安く済むよ」

「良心的ですね…」

さっきの百万円とはえらい違いだ。

「良心教育が行き届いているからね。うちのサークルは良心に満ち溢れているんだ。部車もあるからね、5月くらいまでは貸せるよ」

「それはいいですね」

「来週末に新歓ライドをやるからそこでサークルの雰囲気を見てみたらいいよ。連絡先のメアド書いといて」

「わかりました」

 

旅行サークルは考えていなかったが、いいかもしれない。金がなくてもできるってのがいい。若いうちしかできないわけだし。そのあとも一通りサークルを見て回ったが、めぼしいところはなく、とりあえず来週のサイクリングクラブの新歓ライドに行ってみることにした。