CFRP - 自転車のいわゆる”カーボン”について

自転車のカーボンについて。

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自転車をやっていると色々な場面でカーボンの特徴を紹介している記事に出会うのですが、正確に説明できている記事がほぼないので、一度簡単にカーボンについてまとめてみようと思います。

 

 

 

まず、自転車に使われる”カーボン”は、CFRPを指します。

CFRP - Carbon Fiber Reinforced Plastic は直訳すると「炭素繊維強化プラスチック」になり、名前の通り炭素繊維で強化したプラスチックのことです。炭素繊維自体はフニャフニャの糸で、めちゃくちゃ細い髪の毛をイメージしていただければ大体合っています。

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炭素繊維

 

CFRPはフニャフニャの炭素繊維を、エンプラ(エンジニアリングプラスチック)と呼ばれる高機能なプラスチックで固めて作られます。耐熱性とか、耐薬品性とか、求める性能に応じて樹脂(レジン)をチョイスしていくわけです。私、この辺あまりわかっていません。

 

自転車用途で一般的に使われるのはエポキシ樹脂で、これは耐薬品性や対候性に非常に優れた樹脂になります。

 

 

(PAN系)炭素繊維は、アクリル繊維を不活性雰囲気中で蒸し焼きにし、炭素以外を取り除いて作られます。

ピッチ系炭素繊維という別の製造方法のものもありますが、割愛します 

 

下表は東レ炭素繊維、トレカの物性表です。

T700産業用途一般T800航空・宇宙用途の一次構造材主翼,胴体の主要強度を受け持つ部材)に使用されます。

 

品番

フィラメント数 引張強度
(MPa)
引張強度(kgf/mm2) 引張弾性率(GPa) 引張弾性率(kgf/mm2) 伸び
(%)
繊度tex(g/1000m) 密度
(g/cm3)
T700SC-12000 12,000 4,900 500 230 23,500 2.1 800 1.8
T700SC-24000 24,000 4,900 500 230 23,500 2.1 1650 1.8
T800SC-24000 24,000 5,880 600 294 30,000 2 1030 1.8
T800HB-6000 6,000 5,490 560 294 30,000 1.9 223 1.81
T800HB-12000 12,000 5,490 560 294 30,000 1.9 445 1.81

 品番…トレカの種類(T700SかT800SかT800Hか など。樹脂との相性が違ったりする)、撚りの有無、フィラメント数 を表す。フィラメント数が12,000=一般に12Kカーボンと呼ばれるものです。

 

引張強度(MPa)…試験片が破壊されるまで引っ張った時の最大荷重

引張強度(kgf/mm2)引張応力断面積あたりの引張りに対する強度。試験片が破壊されるまで引っ張った時の最大荷重を、試験片の(初期の)断面積で割ったもの。

 

引張弾性率(GPa)…引張強度に対して試験片が変形する度合い。いわゆる自転車の剛性といわれるもの

引張弾性率(kgf/mm2)…引張応力(断面積あたりの引張強度)に対して試験片が変形する度合い。

 

繊度…繊維の太さ。上表ではtex(テックス)で表されている。数字が小さいほうが細い。

dtex(デシテックス)は1,000mあたりの重さ(g/10,000m)。

ちなみにタイツなどで目にする「デニール」は9,000mあたりの重さ(g/9,000m)で、1,000デニール≒1111dtex。

 

タイツに使われるが50~150デニールくらいで、これをdtex(デシテックス)に直すと56~167dtex。上表、T700SC-12000の800tex(=8000dtex)はタイツに使われる糸と比較してだいぶ太いです。

しかし、T700SC-12000は炭素繊維のフィラメントが12,000本撚られたものなので、炭素繊維一本当たりの太さはその1/12,000です。炭素繊維一本あたりは0.66dtexになります。髪の毛の太さは大体56dtexなので、その細さを想像してみてください。計算間違えてたらすいません。

 

密度…大体1.8g/cm³

 

 

疲れた…ここまででだいぶ気力を使い果たした……

 

一般的な「炭素繊維は鉄の強度の何倍の強度」というのは重量比での引張応力の差を表している場合がほとんどです。その比較表を粗鉄・ハイテン・クロモリ・アルミ(6000系7000系)・チタンで作ろうと思ったのですが資料がすぐに見つからず、単位もバラバラなのでまた時間があるときにやります

→諦めました

 

 

で、炭素繊維自体は髪の毛より細い繊維なので、形状が不安定です

非常に柔らかいです。

 

なので、賦形(安定した形に)する必要があります。

CFRPはそれ自体では不安定な炭素繊維を、安定した高分子の母材で固めてやろうというものになります。

 

 

東レのカタログを見ていると下記の製品群が確認できます。

 

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用途が自転車から外れるものも含まれているので、かいつまんで説明します。

 

・糸はです。 さっき説明したものです。

 

・クロスは織物です。経糸緯糸を交互に組み合わせることで形状を安定させたものです。髪の毛で織られたワイシャツの生地みたいなものを想像してください。

 

プリプレグは繊維を樹脂で固めたものです。熱可塑性樹脂熱硬化性樹脂の2種類を用いたものがあり、一次構造材に使用されるのは熱硬化性樹脂を用いたプリプレグです。

 

熱硬化樹脂は硬化温度まで熱してやることで硬化します。主剤と硬化剤を混ぜて使用するものが多いです。硬化剤を混ぜた状態で長時間放置すると徐々に硬化していきます。

 

低温では高粘度(カチカチ)、ある程度の温度で低粘度(成型に都合の良い温度)になり、そこからさらに加熱することで完全に硬化するように設計されていたりします。

熱硬化樹脂のプリプレグは主剤と硬化剤を混ぜた樹脂を炭素繊維のシートに含侵させ、冷凍したものが一般的かと思います。硬化剤を混ぜた樹脂は、冷凍されていても使用期限(半年くらい)があります。

 

自転車のフレームを作るときはこのプリプレグをカットして、積層して、大気圧などで金型に押し付けたりして、オーブンで高温にして固めるわけです。(樹脂の種類や成型物のサイズ・厚みにもよりますが)大体1日に1,2回しか成型できません。

 

 

熱可塑樹脂は加熱することで分子の結びつきが弱くなり、成型可能になる樹脂です。

高温でフニャフニャになり、冷ますと固まります。射出成型に使われるのは熱可塑樹脂です。加熱した樹脂を金型に流し込んで冷まして固めて射出します。

 

熱可塑樹脂は低温の状態であっても力が加わり続けると変形する性質を持っているので、自転車のフレームのような一次構造材には使用できません。

 

 

 

・ペレットやカットファイバーは細切れにした炭素繊維です。カットファイバーは大きめに切ったきざみのりによく似ています。ペレットはそれを熱可塑樹脂で固めたものかと思います。

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CFRP炭素繊維が長いほうが物性が発現しやすいです。細切れにした炭素繊維は物性が発現しづらいので、力がかからず、あまり強度が必要ではない部材に使われます。自転車の部品だとSTIレバーとか、シフトレバーとか、そういうものに使われているはずです。

 

射出成型に使用できるので(長いフィラメントの炭素繊維だと絡まるのでできない)大量生産に向いています。  

 

 

 

 

これらの中で自転車に使われるのは、糸、織物、プリプレグがメインだと思います。

実際の使われ方について考えるうえで把握していないといけないのが、CFRPが異方性を持つ材料だということです。

 

 

鉄などの金属は、四方八方、どの方向からでも同じ物性を発現します。

これを等方性と言います。

 

しかし、炭素繊維を用いたCFRPは、ほとんど繊維の方向に対してのみ物性が発現します。

 

 

 

一般にみる3Kカーボンは、3000(=3K)本のフィラメントをまとめたトウを織り、それを樹脂で固めたものを表していることが多いです。

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この時、織り方を変えることで表面の見え方を変えることができます。

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一般にカーボン柄と呼ばれるものは、平織りです。

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綾織はツイル、ヘリンボーンはツイルを組み合わせたものになります。

ヘリンボーン柄のカーボンも、誰も作らないだけであり得るわけです。

 

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(左)綾織、ツイル。

(右)杉綾、ヘリンボーン

 

朱子(しゅす)織は糸のクリンプが平織りと比べて少なく、物性が平織りより出やすかったりします。この辺の話はややこしいので割愛します。

 

 

これらの織り方によって、見た目だけではなく実際の物性も変わってきます。

これは、炭素繊維の方向に対して引張り・曲げの強度が発現し、それ以外の方向には発現しづらいからです。繊維が90°方向に並んでいたら、90°方向の引張りには強度が発現しますが、0°方向には炭素繊維の強度は発現せず、ほとんどエンプラ自体の物性しか発現しません。

繊維のクリンプ(捩れ)のよって繊維自体の物性がいい感じに発現しなかったりします。狙った物性を発現させるためにNCFが使用されたりします。この辺の話も割愛します。

 

実際のCFRPの開発では、樹脂・繊維の種類・繊維の形状・成型方法の組み合わせ方でどれだけ理論値に近い物性が出るかを物性データを取って比較したりするわけです。地道で非常に泥臭い作業をするわけです。

 

ある程度データが集まればシミュレーターで大体の物性が分かったりします。

よく見るこういう胡散臭い画像はそのシミュレーション画像ですね。

 

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話が少しずれますが、

CFRPにおける炭素繊維とプラスチック(母材)の比率はVf(Fiber Volume)で表されます。CFRPにおける炭素繊維のボリュームです。(重量比ではなく)体積当たりのボリュームで表されます。

 

大体のCFRPのVfは50%くらいです。

非常に大雑把なとらえ方ですが、自転車のフレームの厚みが1㎜とすれば、0.5mmが炭素繊維、0.5mmが母材なわけです。

 

 

 

下表はトレカのプリプレグのカタログです。

 

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上表における「炭素繊維含有率」の単位はWfなので、fiber weightです。

重量比です。

体積比のVfとは異なるので注意が必要です。

 

T700SC, T800SCの糸を用いたプリプレグで、厚みが大体0.1~0.2mmくらいです。

(大体です。詳細は表を見てください)

自転車のフレームの厚みが1㎜とすると、5~10枚のプリプレグが積層して使用されているわけです。積層して、何らかの成型方法で硬化させたものが自転車のフレームになるわけです。

 

 

 

 

ここから非常に話がややこしくなるんですが、CFRPは繊維の向きで物性の発現の仕方が大きく異なるわけなんです。

 

先ほどは織物の3種類を紹介しましたが、UD(uni-directional)と呼ばれる単方向に炭素繊維をまとめたものがプリプレグでは一般的なんです。

 

で。自転車に仮に5~10枚のプリプレグが使用されているとすると、このUDプリプレグを、それぞれの層でどの角度にでも組み合わせられるわけなんです。

また、さっきほとんど触れなかった、短繊維のきざみのりを間に挟んだっていいわけなんです。

 

そうなると組み合わせはほぼ無限です。

 

さらに、自転車の形状が合わさってくるわけなんです。

チューブ形状で振動吸収性が……とか言ってるわけなんです。

 

層ごとに炭素繊維の種類を変えてもいいですし、樹脂の種類を変えてもいいんです。

 

 

 

 

そうすると、

炭素繊維の種類、長繊維か短繊維か、樹脂の種類、積層の方法(ほぼ無限)、成型の方法、フレームの形状、厚み……

 

もう色々な要素が絡んできて、カーボンと言ってもその作り方で無限に種類があるわけなんです。

 

だから、”カーボン”って言ってもひとまとめにしないほうがいいですよ、っていうことです。

 

(ここまで全てオタク特有の早口)

 

 

 

 

CFRPを深堀りしたい方は、成型方法について調べてみるといいと思います。

Wikipediaに結構まとめてあったりしますので。

 

 

簡単にまとめると、高圧・高温の窯で熱硬化樹脂を固めると(オートクレーブ)、いい感じに不要な樹脂がしみ出して高VfのCFRPができるんです。高Vfだと重量比で物性の高いCFRPになるんです。

 

でも、この方法だと金型と、成型品より大きいオートクレーブ窯が必要になるわけなんです。

 

しかも、1回の成型に10時間とかかかったりするんです。

8時間勤務だったら1窯あたり、1日に1回しか成型できないわけです。

それ相応の人件費が乗っかってくるわけです。

 

そうすると、開発の段階では何回も金型を作らないといけなくて、費用も時間もかかるんです。じゃあもっと簡単にできる成型方法はないの?って考えたときに、①ある程度材料の物性データを集めてシミュレーションを行うこと や、②オートクレーブを使用しない成型法(脱オートクレーブ)の開発へと進んでいったわけなんです。

 

TIMEのフレームに書いてあるRTM(Resin Transfer Molding)というのは脱オートクレーブ成型を図ったもので、プレス機の圧力や、大気圧で成型をしているものなんです。

でも、高温・高圧で成型したほうが物性は発現するので、それよりは物性が落ちるはずなんです。

 

なのになんであんなに自信たっぷりに宣伝している理由がよくわかりません。

 

 

 

 

 

 

 

で、もし予算が無尽蔵にあって、ハイエンドなバイクを作れるとすれば。

 

①なるべく重量あたりの強度が強い糸でUDシートを作り、

②求めているバイクの強度・柔軟性が出せるようにUDシートを積層し、

③なるべく高Vfになるようにオートクレーブ窯で焼く

 

のような方法になります。

 

 

①については、重量当たりの強度が強い糸を使用した方が、軽量に仕上がるため。

また、クロス(織物)よりUDシートの方が糸が曲がらないので強度を発現させやすいため

 

②に関しては、積層の向き・枚数を変えることでそれぞれの場所の強度やしなりをコントロールできるため

 

③に関しては、なるべく樹脂を少なく成型した方が軽くなるため(重量比の強度が出る)

 

です。

 

この方法で試作したフレームを破壊して、どれくらいの荷重に耐えるかのデータを集め、乗車する人の体重に耐えるギリギリの重量でフレームを作るのが一番ベストな(そして採算度外視な)方法でしょう。

 

 

 

 

逆に安く仕上げようと思えば、

 

①ステープル糸(チョップ)を樹脂に混ぜ、型に注入して成型する

→チョップは物性が発現しづらい(=強度が出にくい)ため炭素繊維・樹脂の量が増え、重量が増える。最近Bontragerで5万円前後のカーボンホイールが出ているのは、おそらくこういう簡易的な方法を取っているからではないかと思います。

(実際に確かめたわけではなく、あくまでも推測です)

 

1800gのカーボンホイール買うくらいならミドルグレードのアルミホイール買った方が断然マシです。まあCFRPの方が振動衰退するので快適性は増すかもしれませんが。

 

 

 

②カーボンクロスを積層してオートクレーブ、RTMなどの方法で成型する

ひと昔前のカーボンホイールはほとんどこの方法です。

平織の模様、いわゆるカーボン柄が表面に出ているものはこの方法がほとんどだと考えてよいです。

(見栄えをよくするために表の一層だけをカーボンクロスにする場合もありますが、見た目が良くなるだけで性能の向上にはあまり結びつかない)

 

カーボンクロスを使用する理由は、扱いやすいからです。

 

UDカーボンは糸を広げて並べただけのものなので、普通に触ると崩れます。

そんな不安定な形状のものをライン生産者が扱えるわけがなく、糸を織ってクロスにするか、樹脂で固めたプリプレグの状態にしてから積層する必要があります。

 

織る工程の方がプリプレグを作る工程より簡単です。つまり安い。

 

 

また、UDの積層を工夫するという方法も大量生産向きではありません。

作業者によって差が生じてしまうからです。

差が生じてしまうと製品の安全性が担保できず、不良品も増えます。

 

なので、”金型にカーボンクロスを一定枚数貼り付けて、樹脂を流し込んで、窯で焼く”

この方法が一番再現性が高く、やりやすかったというのがカーボンクロスが使われていた一番の要因ではないでしょうか。

 

(ちなみに3Kカーボンより12Kカーボンの方が糸の曲がりが少なく、物性は発現しやすいです)

 

 

 

 

まあそんなわけで。

以上はカーボンバイク・ホイールを選ぶ際の簡単な目安程度にはなるのではないでしょうか。まあ私もこの分野をかじった程度なので、この記事を鵜呑みにせず、興味のある方は東レカーボンマジックウェブサイトなどで勉強をしてみてはいかがでしょうか?