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美女と時間に関する考察

なぜおじさんが若い女性に声を掛けたがるのか。

若い兄ちゃんが女性に声をかける理由は単純だろう。それは声をかければ相手が振り向くだろうと勝算があるからで、目的は一つである。
しかし、見向きもされないことは明らかなオッサンが若い女性と話したがるのか。自分も若い頃はモテたし今も行けるのではないかと考えている?そんなことはない。きっと彼らは「自分より時間の価値が高い人間の時間を自分に割かせたい」のではないか。

例えばクレーマー、もしかしたら単純に人に文句を言うのが好きな人間かも知れない。だが、クレーマーが自分よりバカな人間を相手にして文句を言っている様子が想像できるだろうか?彼らは自分よりも時間あたりの価値が大きな人間に時間を割かせることに快感を覚えているのかもしれない。

それ同様に、可愛くて若い女子に時間を割かせることはある種の快感を与えるのかもしれない。金払っても美人と話す価値はあるかもしれないが、金を払ってブスと話す気にはならない。ブスは年取ってもブスである。

可愛いことそれ自体に価値があるのだと考えることもできるが、考えてみてほしい。美人であること自体に価値があるのならば話しかけなくてもいいのだ。部屋に彼女のポスターでも貼って一生眺めていればいい。美術館で絵に話しかける人はイないだろう。可愛くて若い女子に話しかけること自体に価値があるのだ。

そう考えたあと、自分が彼女を作るならと考えてみる。例えば女子に休日の過ごし方を聞いてみると、何もせずに過ごすという意見が多い。僕は何もせずに休日を過ごすなんて考えられない。必ず外出して、新しい何かを探している。

何が言いたいのかというと、付き合うなら自分が時間を割く価値のある相手がいいなと感じているということだ。休日をずっと家で過ごすようなつまらない人間や、仕事終わりをすべてテレビを見て過ごすようなつまらない人間に時間を割く価値を感じない。

若くて可愛い女子に魅力を感じるのは、休日を家で過ごす怠惰な姿にではなく、あちらこちらから引手数多で休む時間もないような姿になのである。若い時間だけでなく、人生すべての時間を勿体なく思えるような過ごし方をしている人間にこそ魅力がある

ジョブスは明日死ぬ気持ちで生きろと言ったが、そこまでする必要はない。私は今日のためだけに生きているのではなく、明日以降の自分のために生きているからである。だが、時間の価値を高めるような生き方をしろという意味では大変共感できる。


まあ、好きな人に「あなたに割く時間がもったいない」という理由で振られた人間が言うような内容ではないのだが。