2013年4月19日
「どの自転車を買ったらいいですかね?」
「今買うならシクロクロスだね」
ボックスで先輩に尋ねた内容にはすぐに答えが返ってきた。
ところでシクロクロスって何ですか?
「簡単に説明すると、未舗装路を走るロードバイクみたいなものかな。普通のロードバイクが23~25Cのタイヤを使っているのに対して、シクロクロスは28Cかそれ以上の太さのタイヤが入るようになってる。あと泥が詰まらないように、ブレーキやジオメトリも普通のロードバイクとは違うね。基本的にはシクロクロスっていう競技で使うために作られた自転車になるね。まあ見た方が早いか」
そういってYoutubeの動画を見せてくれた。
Cyclo-Cross World Championships Elite Men's Race - WHOLE RACE RE-RUN
「普通の小説ではできないこのメディアミックスが新時代を築いていく感じがしますね」
「メタ的な発言やめろもう00年代じゃねーんだ」
作者は律義に2013年のレース動画のリンクを貼っていた。
「まあ、泥の中で行われる周回の障害物競走みたいなレースだな。1時間のレースで、トップが1周目に走った1周当たりのタイムで周回数が決められる。これだと1周目が7分だから多分9周だな
「なんで自転車のレースに階段があるんですか?」
「そういうもんなんだよ」
「うわこの人自転車乗ったまま障害物越えてますよ」
「そういうもんなんだよ」
「雪降ってきましたよ」
「寒そうだね」
動画で見た方がわかりやすい、というのは確かにそうだけど、わかりやすいのと理解できるのは別の問題だったようで。正直これを見たところで理解しづらいところは大きい。
「まあ、ともかく、太いタイヤが入って未舗装路が走れる自転車は色々メリットがあるんだよ。今はわからなくても」
そのあと、とりあえず自転車屋へ行ってみることにした。
「初めて自転車を買う場合に一番大事なのはショップ選びなんだ。こういう専門的な自転車をちゃんと整備ができるショップっていうのは実はほとんどない。
また、完成車は価格が高い分、店の利益も大きい。一方で整備だけだと儲からない場合が多くて、整備代が高かったり、自店で買っていない自転車の整備は断られたりする。なので笹原君にはサークルで一番お世話になっているショップで自転車を買ってもらいたいと思います(支配の悪魔)」
そう言って連れて行かれたのは堀川北大路を少し北に行った場所にある「トムスクラフト」というお店だった。
「15万円以下の自転車の選び方は簡単だ。値段とルックスで選べばいい。正直その値段帯の自転車の性能は大差がなくて、値段が同じなら性能もほとんど同じと考えていい」
シンプルでわかりやすい。
「ただ、自転車は毎年違うモデルが発売されるんだけど、去年のモデルは型落ちといって、性能に大差がなくても値段が下がりやすい。これを狙うのが一番いいんだ」
どちらかというとMTBをメインに扱っている店で、シクロクロスの在庫は3種類しか置かれていなかった。まあロードメインだったとしてもシクロクロスの在庫が豊富な店はほとんどないだろう。
それ以外のメーカーのバイクも見てみようということで、各メーカーのカタログを借りて見てみた。けれど、競技向けのシクロクロスにはキャリア(荷台)を取り付けるダボ穴がついておらず、サークルで使えるものはほとんどなかった。そのために選択肢はほとんどなかった。
↓ダボ穴
作者はこの回を書いている時点でダボ穴のついている自転車を持っていないので、画像をネットから拾ってきています。
「これもシクロクロスですか?」
「それはグラベルロードかな… 太いタイヤが入るだけでロードバイクとジオメトリはほとんど変わらないから、せっかく買うならチェーンステーが短くてBBの高い、レーシーな走りのできるシクロクロスの方がいいと思うよ。グラベルロードは速く走れない人が言い訳のために乗る車種だと思ってる」
「そういう姿勢がニューカマーの参入を阻んでいるんですよ」
「正直なところ、ロードでも25C(タイヤの太さのことです)は入るし、シクロクロスは28C~32Cは入る。グラベルロードに32~36Cを入れたところでシクロクロスはと走れる場所はたいして変わらない。それ以上ガレたところを走ろうと思うなら素直にMTBを買った方がいい」
「その単位のCってなんですか?」
「mmだよ。というより、大体mmと同じだよ」
「MTBは主流が2.4~2.5インチで細くても1.8インチ、つまり45C~64Cのタイヤを使ってる。36Cより大きいタイヤを入れるなら普通にMTBを買った方がいい。太いタイヤを入れるとフレームに干渉したりするからね。つまり何が言いたいかっていうとグラベルロードは甘え」
「その姿勢(以下略)」
「じゃあ、なんでMTBじゃなくてシクロクロスを勧めるんですか?」
「重量とギア比とタイヤ径と見た目かな…話すと長くなるから下に箇条書きで書いておくよ…」
・重量
MTBは頑丈なので重い。サスペンションが重い。また、太いタイヤは重い。
・ギア比
フロントギアが1枚(フロントシングル)のモデルが多く、ツーリングには向かない。未舗装路の登りに合わせたギア比になっており、舗装路ではギアが足りなくなりがち
・タイヤ径
26インチが主流(時代背景上)だが、700Cの方が慣性がはたらきやすく、ツーリングに向く。700Cとタイヤ径が同じ29インチもあるが、重い。
・見た目
MTBにツーリング用の細いタイヤは似合わない
「なるほど」
「これなんかいいんじゃない?フォークがクロモリ(鉄)だから熊と遭遇しても戦えるよ」
「自転車なんだから乗った時のメリットで話してくださいよ…」
そうこうした経緯ののち、結局KONAのROVEを買うことになった。
型落ちではなかったが、定価16万円のところが12万円になっており、比較的良心的な値段が購入の決め手となった。
BBが少し高め、フロントギアが少し軽めになっている。フロントフォークにもダボ穴がついており、フロントフォークの取り付けも可能。
「あとは付属品買わないとね~」
「まだ買うんですか」
「うん。長くなるから箇条書きで」
・ヘルメット(大事)
「重視すべきは値段とルックスと重量と通気性とヘルメットホルダーの有無だよ」
「多いですね」
「まあ安いのはどれも一緒」
それを言っちゃぁおしめえだよ
・ペダル(完成車にはついてない場合が多い)
「SPDっていうペダルにシューズを固定するものがあるんだけど、クリートとシューズで安くても12,000円はするね。慣れないとこけるし、最初はフラペでいいと思うよ」
「何ですかそのスタバの新商品みたいなの」
「フラペ=フラットペダル」
・鍵
「高い自転車の方が盗まれやすいと思われがちだけど、実際は安くても新しい自転車が盗まれやすい傾向にあるよ。ただ、大抵のカギは切れるから、正直安いのは大差ないよ」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「男はクリプトナイト一択かな。ひたすら自転車のカギを切るだけのブログで検証されてる。https://www.bicycle-security-lab.com/entry/2017/03/04/170251」
「会話の途中でリンク貼るのやめてください」
「ちなみにAbusでよく売れてるこの鍵は石で挟んで叩けば簡単に壊せるよ」
「短時間の駐輪が基本で、夜は家の中人入れておけ。2kgもする重い鍵を持ってツーリングするわけにもいかないから切られるの前提で軽い鍵でいいと思うよ」
・ライト
「Cateye一択。とりあえずVolt300買っとけ」
・リアライト
「たまに逆につけてるバカがいるけど、前は白色灯後ろは赤色灯」
「なんでですか?」
「どっちに向かって走ってるかわからないと距離感を見誤るからだよ」
・工具
「替えチューブ、タイヤレバー、パッチ、タイヤブート、空気入れ、アーレンキーは必須。余裕があればチェーンカッターも買った方がいい。使ったことないけど。自転車に乗るときはこれをサドルバッグかツールボトルに入れて走るんだ」
↓コンパクトで高圧まで入れられるのでこれがおススメです
・ボトルケージ
「正直今買わなくてもいいけど、ドリンクを入れるためのかごのこと。ペットボトルが入るタイプと、専用のボトルしか入らないタイプがある。それぞれ1個ずつ買うのがおススメ、理由は後でわかる」
「今教えてください」
「しゃーねえなあ…」
「ツーリング中に自転車用のボトルを使っていると、カビが生える。だから使い捨て出来るペットボトルが入るボトルケージがあった方がいい」
「とはいえ、1日くらいのツーリングだと容量の大きいボトルが入る方がいい。あと、ツールボトルはペットボトル用のサイズには入らない。だから専用のボトルしか入らないタイプも必要なんだ」
「聞いておいてなんですが、よくわかりません」
「あとでわかるよ……」
・泥除け
「意外と大事で、これがないと背中がびしょぬれになるよ」
・空気入れ(インフレーター)
「当面は部室にあるのを使えばいいけど、持ち運び用の空気入れで高圧に入れるのしんどいから持ってた方がいいよ」
「多いですね!金がなくなりますよ」
トムスクラフトからの帰り道、僕は叫んでいた。
「まあ競技用のチャリ買ったと思って我慢してくれ…12万のチャリって他のと比べるとだいぶ安いから…」
「当時の大卒の初任給並みですよ!」
「歴史の教科書みたいな喩え方だな…」
ボックスに戻ると八坂さやがいた。どうやら彼女も自転車を買ったようだ。
彼女が買ったのはAnchor(Bridgestone)のロードバイクのようだった。
「ロードでいいの?未舗装路走るみたいだけど…」
「あ、笹原くん。女子は夏合宿がないから、未舗装路は走らなくていいんだって。だからロードにしちゃった。ダボ穴もついてるんだよ」
「アンカーとはまた渋い…otakuhouse氏と同じだね」と芦原さん。
otakuhouseって誰ですか?
「まあ非常に言いづらいことなんだけど、5月のキャンピングまでにこれとは別にキャンピング装備を買っていただく必要があってだね。詳細については次回に回そうと思うんだけど、ざっと5万円は覚悟しておいてほしいんだ」
5万……
この一日でざっと16万円ほど使った僕は、バイト探しを始めることにした。